グンキすまっしゅ☆はその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、エージェントたちは全国に潜ってオタク活動をはじめていた。
グンキすまっしゅ☆の十六の妹も、きょうは兄の代りに珍獣の番をしていた。
よろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。
そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。
「なんでも無い。」グンキすまっしゅ☆は無理に笑おうと努めた。
「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」
妹は頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗なレアコスチュームも引いて来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」
グンキすまっしゅ☆は、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って神々の筐体を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
眼が覚めたのは夜だった。
グンキすまっしゅ☆は起きてすぐ、花婿の家を訪れた。
そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。
婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、次のDOB変動まで待ってくれ、と答えた。
グンキすまっしゅ☆は、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。
婿の牧人も頑強であった。
なかなか承諾してくれない。
夜明けまで店内対戦をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。
結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。
祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも怺え、陽気に歌をうたい、手を拍った。
グンキすまっしゅ☆も、満面に喜色を湛え、しばらくは、運営とのあの約束をさえ忘れていた。
祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。
グンキすまっしゅ☆は、一生このままここにいたい、と思った。
この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。
ままならぬ事である。
グンキすまっしゅ☆は、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。
あすの日没までには、まだ十分の時が在る。
ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。
その頃には、雨も小降りになっていよう。
少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。
グンキすまっしゅ☆ほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。
今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、ハンデスと、それから、レベコンだ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶんキチガイなのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」
花嫁は、夢見心地で首肯いた。
グンキすまっしゅ☆は、それから花婿の肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、FシヴァとFヴィシュヌだけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、グンキすまっしゅ☆の弟になったことを誇ってくれ。」
花婿は揉み手して、てれていた。
グンキすまっしゅ☆は笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。
眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃、全国のラウンドワンが開店する時刻である。
グンキすまっしゅ☆は跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。
きょうは是非とも、あの運営に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って垢BANされてやる。
グンキすまっしゅ☆は、悠々と身仕度をはじめた。
雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。
さて、グンキすまっしゅ☆は、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く全国を走り出した。
私は、今宵、垢BANされる。
垢BANされる為に走るのだ。
身代りの友を救う為に走るのだ。
運営の奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。
走らなければならぬ。
そうして、私は垢BANされる。
若い時から名誉を守れ。
さらば、プレイデータ。
若いグンキすまっしゅ☆は、つらかった。
幾度か、立ちどまりそうになった。
えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。
村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。
グンキすまっしゅ☆は額の汗をこぶしで払い、ここまで盛れば大丈夫、もはやAPへの未練は無い。
妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。
私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。
まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。
そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きな小歌をいい声で歌い出した。
ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、グンキすまっしゅ☆の足は、はたと、とまった。
見よ、前方に表れたエージェントを。
きのうの環境荒れで彼のAPは氾濫し、業火炎々と燃え盛り、猛勢一挙に彼の心を破壊し、どうどうと響きをあげるニケバアルSデッキが、彼をヤケクソにさせていた。
彼は茫然と、立ちすくんだ。
あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、【秩序の盾】持ちは残らずデッキの底に溜まり影なく、人の業の姿も見えない。
タコはいよいよ、ふくれ上り、今にもバアルに進化しようとしている。
グンキすまっしゅ☆は筐体にうずくまり、男泣きに泣きながらデッキトップに手を挙げて哀願した。
「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う炎を! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のために下方エラッタされるのです。」
タコは、グンキすまっしゅ☆の叫びをせせら笑う如く、バアルに進化した。炎は炎を呑み、捲き、煽り立て、そうしてグンキすまっしゅ☆のカイムは焦土と消えて行く。
今はグンキすまっしゅ☆も覚悟した。
デッキトップに頼るより他に無い。
ああ、神々も照覧あれ!
豪炎にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。
グンキすまっしゅ☆は、ひしとデッキから2枚ドローし、百匹のオロチのようにのた打ち荒れ狂う炎を相手に、必死の闘争を開始した。
満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。
押し流されつつも、見事、破壊少女シヴァをOCする事が出来たのである。
ありがたい。
グンキすまっしゅ☆はひききもで相手を轢き殺して、すぐにまた先きを急いだ。
一刻といえども、むだには出来ない。
陽は既に西に傾きかけている。
ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊のピンクブス盗賊が躍り出た。
「えい、決める!」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちにSEGA本社へ行かなければならぬ。やめろ。」
「どっこいやめぬ。ハンド全部を置いて行け。」
「私にはプレイデータの他には何も無い。その、たった一つのプレイデータも、これから運営にくれてやるのだ。」
「その、プレイデータが欲しいのだ。」
「さては、運営の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
盗賊たちは、ものも言わず一斉にハンデスをはじめた。
グンキすまっしゅ☆はひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く謀略の祝杯を発動させ、戦神・毘沙門を召喚し、
「覚悟せい!」
と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って昇格した。
一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の我が灼熱の一撃がまともに、かっと照って来て、グンキすまっしゅ☆は幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、7連敗した。
勝つ事が出来ぬのだ。
天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。
ああ、あ、ニケバアルをひききもで処理し、加護盗賊をメタって撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して来たグンキすまっしゅ☆よ。
真の勇者、グンキすまっしゅ☆よ。
今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。
愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて下方エラッタされなければならぬ。
おまえは、稀代の雑魚エージェント、まさしく開発の思う壺西買太郎だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはやハッパロイドほどにも前進かなわぬ。
路傍の草原にごろりと寝ころがった。
身体疲労すれば、精神も共にやられる。
もう、どうでもいいという、エージェントに不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。
私は、これほど盛ったのだ。
約束を破る心は、みじんも無かった。
神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。
動けなくなるまで走って来たのだ。
私は不信の徒では無い。
ああ、できる事なら私の胸を截ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。
愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。
けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。
私は、よくよく不幸な男だ。
私は、きっと笑われる。
私の一家も笑われる。
私は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。
ああ、もう、どうでもいい。
これが、私の定った運命なのかも知れない。
スサノオよ、ゆるしてくれ。
君は、いつでも私を信じた。
私も君を、欺かなかった。
私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。
いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。
いまだって、君は私を無心に待っているだろう。
ああ、待っているだろう。
ありがとう、スサノオ。
よくも私を信じてくれた。
それを思えば、たまらない。
友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。
スサノオ、私は走ったのだ。
君を欺くつもりは、みじんも無かった。
信じてくれ!
私は急ぎに急いでここまで来たのだ。
ニケバアルを突破した。
加護盗賊の囲みからも、するりと抜けて一気に昇格して来たのだ。
私だから、出来たのだよ。
ああ、この上、私に望み給うな。
放って置いてくれ。
どうでも、いいのだ。
私は負けたのだ。
だらしが無い。
笑ってくれ。
運営は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。
おくれたら、身代りを下方エラッタして、私を助けてくれると約束した。
私は運営の卑劣を憎んだ。
けれども、今になってみると、私は運営の言うままになっている。
私は、おくれて行くだろう。
運営は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。
そうなったら、私は、死ぬよりつらい。
私は、永遠に裏切者だ。
地上で最も、不名誉の人種だ。
スサノオよ、私も死ぬぞ。
君と一緒に死なせてくれ。
君だけは私を信じてくれるにちがい無い。
いや、それも私の、ひとりよがりか?
ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。
村には私の家が在る。
Fシヴァもある。
妹夫婦は、まさか私を村から追い出すような事はしないだろう。
正義だの、JUSTICEだの、セイクリだの、考えてみれば、くだらない。
他人を炎上させて自分が生きる。
それがTwitterエージェントの定法ではなかったか。
ああ、何もかも、ばかばかしい。
私は、醜い裏切り者だ。
どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉。
――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
ふと耳に、潺々、清らかな音が聞えた。
そっと頭をもたげ、息を呑んで目を凝らした。
すぐ足もとのTLで、画像が流れているらしい。
よろよろ起き上って、見ると、フォロワーのRTから滾々と、何か小さく囁きながらかわいい女の子の画像が流れ出ているのである。
その画像に吸い込まれるようにグンキすまっしゅ☆は保存した。
その絵師を探して、一通りの作品を鑑賞した。
ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。
歩ける。
行こう。
肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。
義務遂行の希望である。
わがプレイデータを殺して、名誉を守る希望である。
斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。
日没までには、まだ間がある。
私を、待っている人があるのだ。
少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。
私は、信じられている。
私のプレイデータなぞは、問題ではない。
垢BANされてお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。
私は、信頼に報いなければならぬ。
いまはただその一事だ。
走れ! グンキすまっしゅ☆。
私は信頼されている。私は信頼されている。
先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。
悪い夢だ。忘れてしまえ。
五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。
グンキすまっしゅ☆、おまえの恥ではない。
やはり、おまえはキチガイエージェントだ。
再び立って走れるようになったではないか。
ありがたい!
私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。
ああ、陽が沈む。
ずんずん沈む。
待ってくれ、アマテラスよ。
私は生れた時から正直な男であった。
正直な男のままにして死なせて下さい。
第二部 完